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JNC

既存技術を新しい視点から再構築する。
有機EL材料開発に賭けた人間のものがたり。

電子情報材料開発室 室長(所属役職は、取材撮影時点のものです)
大塚信之

JNC株式会社を代表する事業の一つが機能材料分野だ。この分野からは、世界トップクラスの評価を集める液晶組成物のほか、さまざまな技術と製品が送り出されている。そしてこのなかでも近年存在感を放っているのが「有機EL材料」だ。技術の詳細はともかく、有機ELテレビという単語は頻繁に耳にしたことがあるはずだ。また、有機ELディスプレイを搭載したスマートフォン「iPhoneⅩ」を家電量販店で目にした人も少なくないだろう。次世代のフラットパネルディスプレイ素材として大きな可能性を秘めるJNC株式会社の有機EL材料であるが、その背景には、30年以上にわたる技術の模索があったのである。


有機EL材料は、
未知の製品開発へとつながる。

そもそも有機ELとは何か?その技術的特徴はテレビを例にとり説明すると分かりやすい。テレビは既に「ブラウン管」の時代を終え、その多くはフラットパネルディスプレイへと進化を遂げた。現在流通しているテレビには、以下の3つのタイプが存在している。「プラズマテレビ」、「液晶テレビ」そして「有機ELテレビ」だ。簡単に原理を紹介する。液晶テレビは、バックライトなどの光源からもたらされる光を液晶分子の開閉により調節した後に、赤・緑・青の光の三原色からなるカラーフィルターへ通すことで映像を表示する。一方、プラズマテレビと有機ELテレビは基幹材料(それぞれ蛍光体・有機EL材料)に三原色を自発光させることで映像を表示するという点で共通しているが、その発光メカニズムや映像の出力方式が異なる。3つのタイプごとに長所と短所があるものの、近年では高い解像度や色再現性、省電力性という利点をもつ有機ELテレビへの期待が高まっているのである。また、有機ELを用いると他のタイプと比べてシンプルな部品構成が可能となるので、ディスプレイの薄型化・軽量化が実現しやすい。既にテレビばかりではなくスマートフォンなどのデジタルデバイスに活用されているほか、今後はベンダブルな(自由に曲げることができる)性質をもったフレキシブルディスプレイへの応用も検討されている。

寄せては返す波の如く。
技術者は粘り強く闘ってきた。

有機ELが用いられるデバイスの基本構成は、1987年に米国で発明されたものだ。JNC株式会社(当時はチッソ株式会社)では、1992年から有機EL材料の研究開発をスタートさせていた。「有機ELデバイスは、ディスプレイ市場、照明市場において、過去何回かブレークスルーしそうな機会がありました。」と、電子情報材料開発室の室長を務める大塚信之はこう振り返る。実際1990年代後半には、国内メーカーがパッシブマトリックス方式をもつ小型有機ELディスプレイの量産化に成功した。2007年には世界初のアクティブマトリックス方式の11型有機ELテレビが発売され、大きな話題を呼んでいる。

JNC株式会社も、2002年に有機ELを構成する電子輸送材料が国内メーカーの小型ディスプレイに搭載され、この量産販売を開始。その後、複数の国内外のメーカーに採用された。これを機に、それまで収益面で大きな貢献ができていなかった有機EL材料の事業拡大に期待が寄せられることとなる。大塚は、技術者として入社し液晶ディスプレイ材料の開発・テクニカルサービス等の業務を経た後、2000年代初頭から研究センター長として有機EL材料の研究開発に携わっていた。「当時は、『プラズマ、液晶に続いて有機ELが来る!』といった時代の趨勢もありました。これでは、将来は液晶が売れなくなるのではという懸念すら感じていたほどです。」。有機EL材料の開発に、国内外の関連メーカーも目を瞠っていたのである。

だが、残念なことにその勢いは長くは続かなかった。2000年代後半、有機ELディスプレイの普及はさまざまな要因により阻まれてしまう。大きな理由の一つは、当時の有機ELディスプレイ製造技術に限界があり、生産工程での歩留まりが悪かった点にある。結果、2010年までには、多くのメーカーが有機EL分野からの撤退を表明することとなった。 しかし市況が盛り下がる最中、望みを捨てなかった海外ディスプレイメーカーがあった。JNC株式会社はこの海外メーカーと積極的にコンタクトを深めていく。2012年には、青色ドーパント材料(蛍光型の発光材料。詳細は後述する)が採用され、売上を伸ばした。ついで大型有機ELテレビが世界で初めて発売されたことで、JNC株式会社においても期待感は再度大きく膨らむ。しかしそれも束の間だった。代替品となる液晶ディスプレイの高性能化・低価格化が急速に進んだために、有機ELテレビは予想と反して売れ行きが失速した。多くのパネルメーカーの設備投資は延期・計画倒れになり、有機EL材料への需要も低迷。冬の時代へと陥ったのである。

勝算はある。
だからこそ、経営陣に啖呵を切った。

2013年に、現職である電子情報材料開発室室長となった大塚に、経営陣から「有機EL材料担当者の数をもう少し減らしたらどうか。」という厳しくも合理的な意見が投げられた。大塚自身、事業拡大と研究開発に不安を抱えていたが、同時に捨てきれぬ意地もあった。そこで経営陣に対して勝負を挑んだ。大塚は社長に対し、「すぐさま会社の収益には貢献できないが、3年間、研究開発に注力させてほしい。」と迫ったのだ。大塚の気迫に、社長をはじめとした経営陣は黙って「わかった。よろしく頼む。」と肩を叩いた。大塚には勝算があったのである。某大学A先生によって開発された化合物の構造が有機EL材料へ応用できるかもしれないという話を聞いた大塚は、A先生との連携を進めていたのだ。

有機ELの発光材料には、蛍光材料、りん光材料、熱活性化遅延蛍光(TADF)材料の3種類が利用されている。このうちの蛍光材料は主に青色発光に用いられるが、発光効率・寿命の面で課題があった。ここに大塚が目をつけたのである。「材料メーカーとして勝ち残っていくためには、競争力のある材料開発が何よりも重要になります。2012年に海外メーカーで採用された青色ドーパント材料の特性は、他社製品と比べて明確な差別化を図れるものではありませんでした。したがって現状のままでは大きなブレークスルーは困難だったのです。だからこそ、全く新しい観点から材料開発を行うべきだと思いました。経営陣に3年間という啖呵を切ったのは、A先生との出会いを通じて、新しい特性を持つ蛍光青色ドーパント材料が作れるのではないかという予感が私たち技術陣営のなかにあったからです。」。

新しいコンセプトのもと生み出された青色ドーパント材料は、蛍光材料でありながら従来のものと比べ発光効率に優れており、特に海外メーカーに大きな衝撃を与えた。開発時代にテクニカルサービスの経験がある大塚は、ユーザーの興味・関心の度合いが従来とは全く違うという印象を受けた。ディスプレイメーカーのトップクラスから直々に訪問され、開発協力を依頼されたこともある。市場からの期待をひしひしと感じたという。当材料は、技術採用前の最終評価を受ける段階に至っている。

受け身の姿勢ではなく、提案型でいく。
これこそがJNC株式会社らしさだ。

2016年2月17日、JNC株式会社とA先生らによる共同研究成果がリリースされる。最高レベルの発光効率と色純度を持つ青色有機EL発光材料を開発したという発表だった。有機EL用の発光材料には、主に3種類の素材が使われると先に記した。このうち、熱活性化遅延蛍光(TADF)材料についてもう少しみてみよう。TADF材料は発光効率が高いという長所を持つが、その反面、発光の色純度が低い。よって、ディスプレイなどに使用する際には、色純度を高めるために発光スペクトルから不必要な色を除去しなければならない。このネックを突破したのが、JNC株式会社とA先生の共同研究だった。材料の構成においてホウ素と窒素の導入位置が重要であることを発見し、適切な分子デザインを設計することで、世界最高レベルの発光効率と色純度の双方を兼ね備えたTADF材料の開発に成功したのである。この研究は、今後の有機EL材料開発の指針となるはずだ。

新しい技術の優位性をユーザーに認めてもらい、どれだけ新規採用に結びつけることができるか。ここには営業・技術双方の胆力が問われている。大塚は語る。「JNC株式会社には、古くから若い力に任せるという社風があります。積極的に提案すれば、どんどん任せてもらえる。このことは、JNC株式会社が『受け身』ではなく、『提案型』であることを意味しています。単にユーザーから要求されるスペックに合わせて材料を開発し供給するだけではなく、こちらから提案していかなければ勝ち残ってはいけないのです。だからこそ私たちは化学だけでなく、光学、物性、デバイス設計など、広い領域にはたらきかけ、先端技術開発に力を注いでいきます。そして、ぜひ若い人に開発をリードしてもらいたい。いろいろな知識を抵抗なく吸収できるのは、頭のやわらかい若い人の特権です。」。

電子情報材料開発室室長を担う大塚は、若い時分は「暴走」するタイプだったが、今は若手社員の「暴走を止める側にいる」と苦笑しながら話す。ある若手社員(2014年入社,物理工学専攻)は、現在有機ELの材料特性の解析に挑んでいる。日々地道な作業を積み重ね、新規性を追求しているのだ。「自分が行っている研究が、いつか今以上のブレークスルーを生むと願いながら、日々取り組んでいます。自分が関わった技術がJNC株式会社の新たな収益源となるだけでなく、世の中の進歩に大きく貢献するかもしれません。その意味では、とても夢のある、やりがいのあるステージだと感じています。」。不撓不屈の精神は、世代を越えて受け継がれていくのである。